日本のジュエリー(宝飾)産業には、全国的にも名の知られた「三大産地」と呼ばれる地域があります。
それが、山梨県甲府市、東京都台東区御徒町、そして兵庫県神戸市です。
それぞれが異なる歴史と役割を担いながら、日本の宝飾文化を支えてきました。
この記事では、そんな「ジュエリーの街」の成り立ちと特徴を、専門用語を噛み砕きながら解説していきます。
宝飾産業とは?
まずは全体像を整理しましょう。
宝飾産業とは、貴金属や宝石を使ってアクセサリーやジュエリーを製造・販売する業界のこと。
原石の輸入からデザイン、加工、組み立て、販売まで、じつに幅広い工程が含まれます。
大きく分けると以下の3つの流れがあります。
- 素材を扱う分野・・・地金や宝石の輸入・販売
- 製造を担う分野・・・デザイン・鋳造・ロウ付け・研磨など
- 流通・販売を担う分野・・・卸売・小売・ブランド運営など
日本の宝飾産業の中心地は、それぞれがこのどれかに強みを持っています。
では順に、代表的な3地域を見ていきましょう。
甲府(山梨県) — 宝飾加工の街としての誇り
水晶細工がルーツ
甲府の宝飾産業の起源は、江戸時代中期にまでさかのぼります。
当時の甲府周辺は水晶の産地として知られ、山から採れる天然の水晶を磨いて装飾品や念珠(数珠)に加工する職人が多くいました。
この「水晶研磨技術」が、やがて宝石のカットや貴金属加工へと発展していったのです。
明治期に発展、昭和期に黄金時代へ
明治以降、西洋文化の流入とともに「宝石を金や銀で留める技術」が求められるようになり、甲府の職人たちはいち早くそれに対応しました。昭和に入ると、甲府には多くの加工工場や職人の町工場が立ち並び、「ジュエリーなら甲府」と呼ばれるほどに。
1970〜80年代には国内シェアの7〜8割を占めるまで成長し、現在も日本最大のジュエリー生産地として知られています。
特徴:手仕事と精密加工の融合
甲府の強みは、なんといっても繊細な手作業技術と精密な加工技術の両立です。
伝統的な手作業の彫金や石留めに加え、現在ではCAD設計や3Dプリンターによる原型製作、自動ロウ付けラインなどの現代的な技術も導入されています。
また、甲府のジュエリーはOEM(他社ブランド製造)も多く、名だたる国内ブランドの裏側を支える「縁の下の力持ち」的存在でもあります。
なぜ甲府がここまで宝飾と深く結びついたのか?
以下の記事で、その理由を歴史や地域文化を紐解きながら解説しています。

御徒町(東京都台東区) — 宝飾流通の心臓部
宝石・貴金属の集積地
東京・上野から徒歩圏内にある御徒町(おかちまち)は、日本の宝飾流通の中心地です。
駅周辺には、貴金属の地金問屋、宝石商、工具店、製造工房、買取店などが密集。
まさに「ジュエリーの総合市場」といえるエリアです。
戦後の闇市から始まった街の再生
御徒町が宝飾の街となったきっかけは、戦後の闇市にあります。
当時、物資不足の中で「金や宝石」が価値を保つ資産として重宝され、多くの職人や商人がこの地に集まりました。
その流れが現在まで続き、御徒町は仕入れから販売までが完結する街となったのです。
特徴 : スピードとネットワーク
御徒町の最大の強みは、圧倒的なスピード感と情報の集約力です。
たとえば、「デザイナーが石を買って、加工職人に渡し、すぐに製品化して販売まで行う」ことが、すべて徒歩圏内で完結します。
業者同士の距離が近く、情報交換も盛んなため、新しいトレンドがいち早く生まれる街でもあります。
まさに「日本の宝飾業界の心臓部」といえるでしょう。
神戸(兵庫県) — 洗練されたブランドとデザイン文化
開港とともに発展した洋風ジュエリー文化
神戸の宝飾産業は、明治期の開港により外国文化が流入したことから始まりました。
異人館街に代表されるように、西洋のデザインや感性が早くから根づいた土地柄で、ジュエリーにおいてもヨーロッパ風のデザイン文化が花開きました。
ブランド系ジュエリーが強い
甲府が製造、御徒町が流通に強いのに対し、神戸はデザインとブランド発信力が特徴です。
海外のトレンドを敏感に取り入れ、高級感とファッション性を両立したジュエリーを展開する企業が多く存在します。
ブライダルジュエリーやファッションブランドとのコラボなど、消費者の感性に寄り添う製品づくりが得意です。
地域ごとの役割分担が日本の宝飾文化を支える
このように、
- ・ 甲府・・・製造の中心地(職人と加工の街)
- ・ 御徒町・・・流通・販売の中心地(市場と情報の街)
- ・ 神戸・・・デザイン・ブランドの中心地(発信と感性の街)
と、それぞれの地域が異なる強みを持ち、互いに補完しあっています。
たとえば、
甲府で製造されたジュエリーが御徒町を経由して流通し、神戸のブランドとして全国へ広がる――
そんな「日本ならではの連携ネットワーク」が、宝飾産業を支えているのです。
今後の展望 ― 伝統とテクノロジーの融合へ
近年、ジュエリー業界は大きな変化を迎えています。
3DプリントやAIデザイン、デジタル販売などの技術革新が進む一方で、「手仕事の温かみ」への価値も見直されています。
甲府では自動化と職人技の融合、御徒町ではオンライン取引やBtoBマーケットの拡大、神戸では感性とブランディングの深化が進行中。
いずれの地域も、「伝統×テクノロジー」をキーワードに次の時代へ向かっています。
まとめ
甲府・御徒町・神戸――
この三つの街には、長年培われた技術、職人の誇り、そして時代の変化に柔軟に対応する知恵があります。
三つの地域がそれぞれの強みを活かし、連携しながら発展してきました。
甲府は精密な加工技術、御徒町は流通と情報、神戸はデザインとブランド発信力。
伝統と最新技術が融合する今、これらの街は“日本のものづくり精神”を象徴する存在として、次の時代のジュエリー文化を紡いでいます。